ニュースな日々

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サテンドールセレーネ♪
元気に咲いております。
ものごころついたときから、ニュースを見ながら食事をとっていました。
育った実家は、一家団欒と一緒にいつもニュースがありました。
政治や近辺の事故や事件をサカナにみんなで語る。
アニメを見ていても、
「おい、ニュースにしろ」という父のひとことでNHKに。
そんな育ちのせいか、ひとりで食事するにも
ニュースか新聞は自分には欠かせないものになりました。
当然その流れは結婚しても続き、
我が家でも食事のときにはニュースが定番でした。
子どもの時事の勉強になるし、世の中が身近になるかと考えていたのですが、
でも最近、おやっ???と違和感があるのです。
食事をいただくのは、エネルギーを取り入れることです。
それがニュースを見ることで、気持ちが外にとらわれてしまい、
意識が自分に向き合っていかないなぁと…。
それにニュースって、素晴らしい出来事やホッとする話題もありますが、
政治や事件事故の話題が中心です。
そのやりきれない時事のエネルギーを
視覚や聴覚、五感から、食事と一緒に体に入れてやしないかしらと…。
育ちの積み重ねは無意識な部分で、なかなか気づきませんが
考えてみると、その根底はいまの自分の弱い部分とつながります。
同じように育ったわたしの妹は、結婚した彼の影響で
クラッシックを聞きながら食事をとるようになりました。もちろんテレビはNGです。
我が家との習慣の差は、大きく道が別れるように感じます。
“時事”を食事と一緒にとることは、
混沌とした世の中を柔軟に受け入れることにつながるし、
“”今”と直結するので、それはそれで悪いことではないと思うけれど
やっぱ今はもっと気持ちのいい食事がしたい。
クラッシックとまでいかないけれど、
食事のときは、いい音楽や気持ちのいい空気を感じて
心身が喜ぶ心地よい空間の中でとりたいなぁと、つくづく願うこの頃です♪
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タンザナイトネックレス

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